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神戸地方裁判所 昭和32年(行)4号 判決 1959年10月13日

原告 妹尾実

被告 兵庫県警察本部長

主文

昭和一八年七月一〇日、当時の兵庫県知事が原告に対してなした「兵庫県巡査である原告を懲戒免職する」旨の行政処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は、昭和一五年七月二五日に当時の兵庫県知事から同県巡査に採用され須磨警察署に勤務していたが、同一八年七月一一日満洲国警察官に採用されたのでその頃依願退職した。その後翌一九年一月二五日満洲国警察官を退職し同年三月三一日再び兵庫県巡査に採用され、同二三年三月七日神戸市巡査となり同二八年五月一五日退職した。原告の兵庫県巡査と神戸市巡査の各在職期間を通算すると一二年を超え、巡査普通恩給受給資格を有することとなるので、原告は同年六月中旬頃当時の兵庫県警察本部長に右在職期間についての証明書の交付を申請したが、同本部長は原告は誓約違反の理由で主文第一項記載のような懲戒免職処分に処せられているとして同一八年七月以前の在職期間についてはその証明を拒否された。しかし、原告は当時このような懲戒免職処分について書面または口頭で通知を受けたことはないばかりか、当時の巡査採用規則(明治二四年九月内務省令第二一号)第二条第三号によれば免職処分を受けた日より二年間は採用資格を欠ぐものとされているところ、原告には前記のとおりその処分の存在を知らせることなく一般の依願退職者と同様に懲戒免職後僅か八ケ月余の昭和一九年三月三一日再び原告を兵庫県巡査に採用しているから、結局本件処分は書面または口頭等如何なる形によるも原告に知らされておらない重大な瑕疵があることとなるので当然無効である。仮にそうでないとすると、本件懲戒処分には法に定められた懲戒委員会を開いていない重大な瑕疵があるから当然無効である。仮にそうでないとするも、本来誓約違反というのは当時の巡査懲戒令第二条に規定されおるものであるが、これは国費により巡査として養成された者が定められた期間勤務しないでいわゆる一身上の都合により退職した場合を指すのであり、国家的要請のもとに退職する場合はこれに該当しないものというべきである。原告は当時の上司である警察署長から実役三年以上の者は戦時下の満洲国の治安維持のためその警察官の募集に応ずるよう勧奨され、その許可を受けて応募し採用されたもので、直ちに所轄警察署長を経て辞職願を提出したが、赴任の日時が迫つていたので退職の辞令を受取ることなく出発したものである。従つて、当時の行政当局の勧奨のもとに満洲国警察官募集に応じた原告に対する本件懲戒処分は行政権行使の範囲を逸脱した権利の濫用であるから重大な瑕疵あるものというべく無効である。なお昭和一八年七月一一日当時の兵庫県巡査の任免権者は兵庫県知事であり、被告はその地位を承継しておるものである。そこで、本件行政処分の無効であることの確認を求めるため本訴に及んだ、と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、本件懲戒処分にあたり法に定められた懲戒委員会を開いていないこと、本件懲戒処分が行政処分として当然無効であるとの点は争う。すなわち、原告は昭和一五年七月二五日兵庫県巡査に採用される際、当時の巡査採用規則施行細則に従い、採用された上は在職五箇年に満たないで一身上の故をもつて退職の願出をしない旨の誓文を所轄警察部長に提出して採用されながら、誓約に反し在職五箇年以内で辞職願を提出し、退職発令もないうちに無断職務を放棄して任地を離脱したところから、当時の巡査懲戒令第二条に懲戒を受くべき場合として定められた「職務上の義務に違背し又は職務を怠りたるとき」に該当するものとして同令第三条により昭和一八年七月一〇日附で主文第一項記載のとおり懲戒免職処分に附されたものである。なお、その処分後八ケ月にして本人を再採用している点は、原告主張のような理由により懲戒免職処分を受けた日より二年間は採用できないものであるが、当時戦時下で警察官の確保に困難を来し巡査の採用については相当その基準が緩和されていたので免職処分の内容を検討して話合の上特に採用を認めたものである。その余の原告主張事実はすべて争わない、と述べた。

(証拠省略)

理由

原告が、昭和一五年七月二五日当時の兵庫県知事から同県巡査に採用されて須磨警察署に勤務していたが、同一八年七月一一日満洲国警察官に採用されるにさきだち同月一〇日兵庫県知事宛に辞職願を提出してその頃現地に赴任し、翌一九年一月二五日これを退職し、同年三月三一日再び兵庫県巡査に採用され、同二三年三月七日神戸市巡査となり同二八年五月一五日これを退職したこと、原告の兵庫県巡査と神戸市巡査の各在職期間を通算すると一二年を超え、巡査普通恩給受給資格を有することとなるので、原告は同年六月中旬頃当時の兵庫県警察本部長に右在職期間についての証明書の交付を申請したが、同本部長は、原告は誓約違反の理由で主文第一項記載のような懲戒免職処分に処せられているとして同一八年七月以前の在職期間についてはその証明を拒否したこと、原告は当時このような懲戒免職処分について書面または口頭で通知を受けたことのないこと、同一八年七月一〇日当時の兵庫県巡査の任免権者は兵庫県知事で被告がその地位を承継しておることはいずれも当事者間に争がない。

また被告主張の原告が昭和一五年七月二五日兵庫県巡査に採用されるにあたり、当時の巡査採用規則施行細則にしたがい「採用された上は在職五箇年に満たないで一身上の故をもつて退職願出しない」旨の誓文を兵庫県知事に提出しておることは原告において明らかに争わないところである。

成立に争ない甲第一、二号証と原告本人尋問の結果によると、昭和一八年七月一〇日当時の兵庫県知事は、原告の満洲国警察官採用に伴う兵庫県巡査辞職願を受理しないで、誓約違反として当時の巡査懲戒令第二条第三条により兵庫県巡査である原告を懲戒免職という行政処分に処したけれども、原告に対するその旨の通知をしないばかりか、原告が満洲国警察官を翌一九年一月二五日退職して再び兵庫県巡査に復職を申出でた際も、右懲戒処分のあつたことを原告に知らせないで、当時の巡査採用規則第二条第三号によれば免職処分を受けた者はその日から二年間採用資格を欠くものと定められておるのに拘らず、依願退職者の場合と同様に同一九年三月三一日附をもつて原告を兵庫県巡査に採用し、書類上も他の懲戒によらない退職者の場合と同様に取扱つておる事実が認められる。

被告は、右昭和一九年三月三一日当時は戦時下で警察官の確保に困難を来し巡査の採用については相当その基準が緩和されていたので、免職処分の内容を検討して原告と話合の上特に採用を認めた旨主張するけれども、右基準を緩和し原告と話合の上採用を認めたとの点は被告において何等立証しないところであるから、これをもつて前段認定を覆すことはできない。

そうすると本件懲戒免職処分については、被処分者たる原告に対し書面は勿論何等の方法による通知もなされていないことは前示のとおりであるからその余の点を判断するまでもなく昭和一八年七月一〇日当時の兵庫県知事が原告に対してなした「兵庫県巡査である原告を懲戒免職する」旨の本件行政処分は当然無効であるといわなければならない。したがつて右兵庫県知事の本件懲戒処分権者としての地位を承継した被告に対し原告がその無効なることの確認を求める本訴請求は理由があるのでこれを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 富田善哉 松沢博雄)

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